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東京地方裁判所 平成元年(ワ)16106号 判決

原告

金海吉秀

金海由佳

右両名法定代理人母兼原告(以下「原告」という。)

金海桂子

右三名訴訟代理人弁護士

花岡康博

村松靖夫

被告

日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役

足立信之

右訴訟代理人弁護士

楢原英太郎

染井法雄

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告金海桂子に対し金一五〇〇万円、同金海吉秀、同金海由佳に対し、各金七五〇万円及びこれらに対する平成元年九月五日から、支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実等

(請求原因)

1 原告らの被相続人亡金海吉哲(以下「吉哲」という。)は、平成元年二月一日、被告との間で、要旨次のような内容の生命保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 保険金額 三〇〇〇万円

(二) 保険者 被告

(三) 被保険者及び保険契約者吉哲

(四) 受取人 被保険者法定相続人

(五) 支払期日 保険金は、原則として必要書類が被告の本店に到達してから五日以内に支払う。

2 吉哲は、平成元年六月二〇日、死亡した。

3 吉哲の法定相続人は原告金海桂子(相続分二分の一)、同金海吉秀、同金海由佳(同各四分の一)の三人である。

4 原告らは、被告に対し、平成元年八月三〇日、本件契約に基づく保険金を請求したが、被告は五日以内に支払いをしなかった。(なお、必要書類が本店に到達したのは、同年九月七日である。〈証拠〉)

(抗弁)

5 被告は、平成元年一〇月一八日、原告桂子に対して(同吉秀、同由佳については、法定代理人親権者桂子に対し)本件契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示はそのころ原告に到達した。

二争点

本件の中心的争点は、吉哲に告知義務違反があるか否かである。なお、原告は、被告が解除原因を知って一か月以上を経過したから解除権は消滅しているとも主張している。

第三争点に対する判断

一告知義務違反について

1  証拠〈省略〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 吉哲は、昭和六三年五月二三日、日本医科大学付属病院(以下「日本医大」という。)内科を他医の紹介により糖尿病のコントロールのために受診した。同病院で吉哲の主治医となったのは渋谷昌彦医師で、同医師はかつて糖尿病を専門に研究していたことがあったため吉哲の紹介を受けたものと理解していた。その際の吉哲の説明により記載された既往歴をみると、七歳時に黄疸、小中学生時腎臓病に罹患、三二歳時肝機能障害(GOT、GPT検査値上昇)を指摘されたことがあるほか、昭和六二年一〇月、全身倦怠感・口渇を理由に神保町内科を受診し、以来血糖値自己測定を続けている。また、以前、肝疾患で慈恵医大に数日間入院したことがある。

(二) 以後、吉哲はほぼ二週間に一回の割合で、平成元年二月に日本医大に入院するまで、渋谷医師の診察を受けていたが、昭和六三年五月三一日に受診した際には、両手のしびれ感を訴え、同年八月九日には腰痛をも訴えるようになった。

(三) 吉哲はほぼ受診の都度、糖尿病の検査とともに、肝機能検査を受けたが、初診の同年五月二三日の時点でGOTの値が四二と正常値の上限(三五)より若干多めであったほかその後も軽微ではあるが上昇を続け、同年一一月八日には、GOT五六、GPT四五、LDH四〇五、ALP一五二といずれも異常値を示し、軽度の肝障害を疑われた。

(四) そして、吉哲は、同月二九日には、腹部の不快感、同年一二月二〇日には軽い全身倦怠感を訴えるようになったが、同日の検査では、GOT、GPT、LDHの検査結果がそれぞれ、一一二、一一一、五九七と、はっきり肝機能の異常を認知できる数値となった。

(五) そこで、次回受診日であった平成元年一月一〇日、渋谷医師は、吉哲に対し右の検査結果を示すと共に日常生活上の注意などを説明したが、当日、吉哲は、全身の倦怠感、食欲の落ち込み、腹部(肝臓の部位)の鈍痛を訴え、検査結果の数字の変化に非常に関心を示していた。

更に、同日、渋谷医師は、これまでのGOT、GPT、LDTの検査のほかに、胸部、腹部、肋骨のX線単純撮影、AFP検査(肝臓癌の腫瘍マーカー)等を行ったうえ、小柴胡湯、グリチロン錠二号を、肝臓の薬であることを説明したうえで、吉哲に渡した。また、肝臓の超音波検査を受けるよう指示し、一月二七日に検査するよう予約をとった。

(六) ところで吉哲は、昭和六三年一二月二九日、被告との間で本件契約の申込を行って手続を進めており、平成元年一月一七日に告知書を作成提出したが、右告知書「ア 病気や外傷で、7日以上の治療をうけたことがありますか。ウ 持病がありますか。(たとえば・・・など)エ からだにぐあいの悪いところがありますか。オ 病気や外傷で診察・検査・治療を受けていますか。カ 病気や外傷のため、診察・検査・治療・入院・手術をすすめられていますか、またはこれらの予定がありますか。サ 血圧・心臓・胃腸・肝臓・尿の異常を指摘されたことがありますか。シ 右記の検査を受けるようにすすめられたり、うけて異常を指摘されたり、注意をされたことがありますか。・・・超音波・肝機能・腎機能・血液」の各質問に対しいずれも「なし」と記載して提出していた。

(七) その後、同月二四日の時点で、吉哲が肝細胞癌であることが認知され、吉哲は、同年二月四日、日本医大に入院し、同月から同年四月にかけて手術を受けたが、同年六月二〇日、肝臓癌により死亡した。

2 右認定事実によれば、吉哲は、遅くとも平成元年一月一〇日の時点では、全身倦怠感等の自覚症状をもっていたのみならず、肝機能検査の結果も急激に上昇しつつあり、継続して受診中の日本医大において普段とは異なる検査を行ったほか、精密検査としての意味合いをもつ肝臓の超音波検査の必要性をも医師から説明されその予約をも行っていたのであるから、本件契約の告知日である同年一月一七日に、前記告知書質問事項にいずれも「なし」と記載し、糖尿病罹病の事実及び肝機能検査の結果異常数値がでて継続的に検査中であり精密検査をすすめられその予定のあることを告知しなかったのは商法六七八条所定の重要な事実を告知すべき義務に違反したものであり、右認定の事情のもとにおいて右事実を被告に告知しなかったことは、故意または重大な過失によるものと推認するのが相当である。

3  原告らは、吉哲の糖尿病について、治療というよりコントロールという健康診断に類するものとして受診していたもので、症状も特になく、しかも告知書ウの持病の欄に糖尿病は例示として掲げられていないから告知していなくても重過失はないと主張する。

しかしながら、前記認定事実によれば、吉哲が日本医大の渋谷医師のもとで受診することになったのは、同医師がかつて糖尿病を専門に研究していた時期があったことから、糖尿病のコントロールのために他医に紹介されたことによるもので、専門医による治療の一環としてのコントロールを目的として受診していたものと推認されるうえ、吉哲自身血糖値の自己検査用具を所持し、そのコントロールの重要性を熟知していたものと認められるほか、告知書ウ欄は、その記載自体から当該欄に記載された傷病名が例示であることは明らかであるから、その例示中に糖尿病の記載がなされていないから告知不要というものではなく、コントロールの重要性を熟知していたと認められる吉哲において右事実を告知しなかったのは、少なくとも重過失によるものと推認するのが相当である。

4  また原告らは、肝臓疾患について、当時医師でさえ確定診断にいたらず、吉哲は医師から断定的な説明は受けていなかったもので、GOTやGPTの検査値を告げられていたとしても吉哲において十分に理解していたとは思われないから肝臓疾患について認識があったとはいえないし、告知しなかったとしても重過失はないと主張する。

しかしながら、被告が告知義務違反として問題にしているのは肝臓疾患そのものではなく、前記認定のとおりの告知書記載の各事項についての不告知である。そして商法六七八条の「重要ナル事実」とは、保険者がその事実を知っていたならば契約を締結しないか、契約条件を変更しないと契約を締結しなかったと客観的に認められるような、被保険者の危険を予測する上で重要な事実をいうものと解すべきであるところ、証拠〈省略〉により認められるように、契約約款上、告知は被告知者についての質問事項を記載した書面(告知書)によって行う旨の定めのあるような場合には、告知書に掲げられた事項は一般的にすべて重要な事項と一応推定されるべきものと解するのが相当である。そして、前記のとおり肝機能検査の結果異常数値がでて継続的に検査中であり精密検査をするよう勧められていたのにその予定のあることを告知しなかったことは、右告知書に掲げられた事項についての明らかな不告知であることはもちろん、吉哲の肝臓癌による死亡と重要な関連を有する事項であり、被保険者の危険を予測するうえで重要な関係を有する事実に対する不告知であり、故意又は重過失による不告知と認められるから、この点の原告らの主張も採用できず、前記認定を左右するものとは認められない。

二解除権の消滅について

1  被告は、この点の主張は時期に遅れたものであるとの異議を申立てている。しかし、原告らの主張を構成する事実は既に平成二年五月九日付けの原告側準備書面で主張されており、右主張がなされたことによって新たに取調を必要とされる証拠も存在しないから、原告らのこの点の主張により訴訟の完結を遅延せしめるとも認められないから、被告の異議は理由がない。

2  そこで判断するに、証拠(証人工藤雍子)によれば、吉哲は入院後、まもなく吉哲の会社の従業員である工藤に入院する旨伝え、その際、被告に本件契約を解約する旨伝えるように依頼し、工藤は電話で、被告の外務員である田中倫子に対し、吉哲が糖尿病で入院したことを伝えたことは認めることができるが、右事実は解除原因そのものとは認められないほか、外務員は、保険者から当然に代理権を与えられるものでなく、他に保険者である被告自身が解除原因を知っていたと認めるに足る的確な証拠はない。

三まとめ

以上によれば、告知義務違反を理由とする解除により、本件契約は終了しているものと認められるから、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判官古田浩)

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